LOGIN「検査の結果はどうだ?」愛沢くるみの容態が安定し、モニターを付けて様々な事に注意しながら、愛沢くるみの全身の検査をしていく。あのラボで何が起こったのか、千堂弘は一体、愛沢くるみに何をしたのか。少しずつ全身の検査をする事で分かって来る。どうやら愛沢くるみは私たちの予想通り、カテーテルを入れられ、体内から何かを取り出されたようだった。「一体、千堂弘は何を取り出したの?」MRIの画像を見ながら遼大が言う。「見た感じ、体内や脳内から組織を取り出したようには見えないな……という事は」遼大がそこまで言うと今度は一緒に見ていた湊が言う。「おそらくはカテーテルによって取り出されたのは血液そのものなんだろう」そう言いながら湊はMRIの画像を見ながら言う。「心配なのはここ」そう言って湊が指差したのは海馬の付近だ。「無理やりのカテーテル挿入と抜去によって、ここに負荷がかかっている。そのせいで記憶に障害が出ているんだろう」ベイサイド・パイロットプラントのリネン室で愛沢くるみを発見した時、愛沢くるみは記憶を失っていた。「海馬に負荷がかかったから、なのね」私がそう言うと湊が頷く。「あぁ、そのせいだろうな」私は大きく溜息をついて、言う。「それ、記憶が戻る事はあるのかしら……」湊が腕を組んで考えながら言う。「脳の事はまだ未解明な部分も多い分野だ。損傷した部位に代わる働きをし出す症例もあるくらいだからな」ずっとMRI画像を見ていた賀神さんも言う。「そうですね。とりあえず、現状の把握と治療方針を決める為にも愛沢くるみに覚醒して貰わないと」◇◇◇愛沢くるみを病室に戻し、あとは本人の覚醒を待つだけになった。いつ、覚醒するのか分からない。一応、高気圧酸素療法と虚血に陥っている海馬の酸化ストレスを防ぐ為の薬液を投与する治療を開始する。「モニターを24時間監視、バイタルや状態に変化があったら報告を」湊がそう指示を出す。私たちはその場を後にし、今日のところはそれぞれ休む事にした。「帰ろう」そう遼大に言われて私は頷く。「えぇ、そうね」そう言って聖カトリーナを出る。車に乗り込み、息をつくと、疲労が襲って来る。「眠って良いよ……俺が運ぶから」そう言われて笑う。「寝たら運んでくれるの?」そう聞くと遼大は私の肩を抱き、言う。「あぁ、ベッドまで優しくゆっ
サイレンを鳴らし、聖カトリーナに急行する。「大丈夫だ、愛沢くるみには賀神が付いてる」賀神さんなら愛沢くるみがどんな状況に瀕しても大丈夫だろう……それは分かっている。彼は天才外科医だもの。遼大は私の肩を抱き寄せる。◇◇◇聖カトリーナに到着し、愛沢くるみをERへ搬入する。「一体、どんな処置を受けたら、こんな状態になるんだ?」湊がそう口にしながら愛沢くるみを見る。愛沢くるみは疲弊していて、血の気が無かった。ここへ来るまでにもかなりの量の血を失っている。「まずは輸血だ!」湊がそう叫ぶ。私はその光景をERの入り口でただ立ち尽くし、呆然と眺めていた。鳴り響く警告音が私の遠くなっていた意識を引きずり戻す。(そうよ、私は救急救命医よ)だらんと下げた両手を握り締め、拳を握り締める。手に力が戻って来る。私にそっと並ぶ誰か。見上げるとそこには遼大が居た。「行けるか?」そう聞かれて私は微笑む。「えぇ、行けるわ」◇◇◇愛沢くるみの体の状態は最悪と言って良い程だった。強引に引き抜かれたであろうカテーテルの跡が痛々しい。「こんなに強引に引き抜くなんて、どうかしてるわ」私が処置をしながらそう言うと、私の隣で遼大も頷く。「あぁ、そうだな。イカれたマッドサイエンティストのやりそうな事だ」私と遼大は阿吽の呼吸で処置をしていく。その様子を見ていた湊が笑う。「藤堂氏の手術の時も感じていたが、本当に燈と高嶺さんは良いコンビネーションだな、しかも早い」そう言って湊が私たち二人のサポートをしてくれる。「患者さんの血液検査、それから抗生剤の準備、それから挿管セット」私が指示を出すと、看護師たちが一気に動き出す。愛沢くるみの口を開け、挿管する。私の手に狂いや迷いは無かった。誰であろうと、目の前の人間を救う。それが医師だ。「頸部からのカテーテルね」私はマスク越しにそう言う。「そのようだな」傷を覗き込んだ遼大がそう言う。「何をしようとしたのかしら」そう言いながら的確に処置をしていく。「さぁな、だが死なせる訳にはいかないからな」私は処置を施しながら冷静に処置の痕を観察した。「ある程度の止血処理はしてるのね」そう言うと私の向かい側で処置を手伝っていた賀神さんが言う。「そのようですね、通常、頸部のカテーテルをこんなふうに引き抜いたら、大量出血で死ぬ
私たちは息を飲み、そして駆け寄った。そこに倒れていたのは紛れもなく愛沢くるみだった。「なんて事!」私はそう叫んで愛沢くるみを助け起こした。愛沢くるみは体から血を流して倒れていて、意識を失っている。このままでは死ぬかもしれないと一瞬、思う。けれど予想に反して、愛沢くるみが目を開けた。「……ここ、どこ……?」視線を彷徨わせ、天井を見ながら愛沢くるみはそう言った。「愛沢くるみ!」私が名を呼ぶと、愛沢くるみは私を見て、そして怪訝そうな顔で私を見る。「……あなた、誰?」衝撃だった。(今、あなた誰……って言った?)あまりの衝撃に私は言葉を失う。急激に体の芯が冷えて行く感覚がした。けれどそれに反するように、愛沢くるみの視線はハッキリして行き、助け起こしていた私を拒絶するように押し返し、言う。「あなたたち、何なんですか!」そう言いながら愛沢くるみは自身の手を見て、驚いて息を飲む。それもその筈だ。だって愛沢くるみの手は血に染まっていたから。「何? ……何なの? ……これ、何?」完全にパニック状態だった。そしてそれは私も一緒だった。「佐伯顧問、代わります」そう言ったのは賀神さんだった。「えぇ……お願い……」そう言って私は賀神さんとバトンタッチし、愛沢くるみから離れた。「何で私の手に血が……?」愛沢くるみはそう言いながら、タクティカルスーツを着ている私たちに怯えている。「あなたたちは何なんですか? 私はどうしてここに? ここはどこなの?」愛沢くるみのそんな声が耳の奥で聞こえる感覚。私は既にその時には悟っていた。愛沢くるみは記憶を失っている。演技の可能性も一瞬、考えた。けれど、あの怯えようは演技じゃない。「燈」呼ばれて私は遼大を見上げる。私を呼ぶ遼大の声は優しかった。「おいで」遼大はそう言って私を抱える。◇◇◇愛沢くるみはそのままベイサイド・パイロットプラントから運び出された。治療の為に聖カトリーナに運ぶ事にして、私たちはベイサイド・パイロットプラントを離れた。移動の車の中で湊に電話をかけ、事情を説明している遼大の声を耳の奥で感じながらも、私は現実を受け止めきれていなかった。愛沢くるみが記憶を失くしている……。今までの事、全てを覚えていない……?愛沢くるみがどこまでの事を覚えていて、そして何を覚えていないのか
作戦は大規模だった。先発隊である遼大の部下の人たちが内部の構造などの配置図を既に入手・分析していて、包囲網は完璧の筈だった。ベイサイド・パイロットプラントの敷地は広大で、その中のどこに千堂弘、愛沢くるみが居るのか、全く見当がつかない。それでも私たちが聖カトリーナやEMSOで治療に当たっている間に精鋭たちが探りを入れて何とか一つに絞ってくれていた。「あれがターゲットである千堂弘、愛沢くるみの居るプラントです」そう言われて私は視線の先にあるプラントを見上げる。「かなり大きいのね」そう言うと遼大も頷く。「これだけ広大な敷地内にある数々のプラントの中でも、これは別格だな」遼大がそう言うと特殊部隊の人が言う。「中の様子はサーマルスコープで確認しましたが、熱反応を見る限り、地上階には居ないかと」そう言いながら特殊部隊の人が、私たちに画像を見せてくれる。確かに彼の言うように、画像には二人の人間が何かの扉の前に立っている様子が熱反応で見えた。「これは……扉?」私が聞くと特殊部隊の人が言う。「おそらく地下に降りるエレベーターでしょう」つまり地下に降りるエレベーターの前に護衛を置いているという事だ。「制圧は可能か?」遼大がそう聞くと特殊部隊の人が笑う。「当然です。迅速に」そう言って彼は遼大を見て言う。「命令があれば、いつでも」遼大が私を見る。「行ける?」そう聞かれて私は頷く。「えぇ」そう返事をする私を見て微笑み、言う。「良し」遼大は特殊部隊の人に言う。「行こう」◇◇◇周りを部隊の人に囲まれながら私と遼大、そして賀神さんが移動する。少し離れた場所でドタドタと音がする。すぐに静かになり“クリア!”の声が聞こえて来る。「行きましょう」そう言われ先を促される。私たちがエレベーター前に来ると、その前では二人の男性が特殊部隊の人に取り押さえられていた。「地下階へはこのエレベーターでしか行けないようですね」隊長を務めている人がそう言う。「トラップの可能性は?」遼大がそう聞く。隊長を務めている人が苦笑する。「五分五分、といったところでしょうか」それでも進まなければならない。「念の為、マスクを」そう言われて私も遼大も賀神さんもマスクを装着する。◇◇◇エレベーターが降りて行く。エレベーターは広く、かなりの人数が乗れるエレベー
点滴をミキシングされた患者さんたちの症状が改善していく。一番症状の酷かった真壁早妃も点滴に遼大と賀神さんが調合した解毒の為の薬品をミキシングすると、症状が劇的に改善する。「これなら抜管しても大丈夫そうだな」遼大がそう言う。「えぇ、そうね」私がそう答えたすぐ横で賀神さんがホッとしたように微笑んでいる。賀神さんは真壁早妃がレプリトール・ヴェノムで倒れて喀血した時に、責任を感じていたから、きっと自分の手で解毒の為の薬品を調合出来て、ホッとしているだろうなと思った。様子を見ながら真壁早妃の抜管をする。管を抜いて、呼吸音を確認する。呼吸音に異常は無さそうだった。「大丈夫そうね」私がそう言って微笑むと、賀神さんも微笑む。「そうですね」遼大を見ると遼大は少し頷いて、私の腰を抱く。◇◇◇「弘様」呼ばれて僕は部下を見る。「何だ?」聞くと、部下が視線を落として言う。「EMSOでのヴェノムが沈静化されたようです」そう言われて腕時計を見る。「……早かったな」そう言うと部下が下を向いたまま言う。「どうやら高嶺遼大と賀神怜が、学生時代にレプリトールヴェノムの研究をしていた事があったそうでして……」僕に先んじてヴェノムの研究をしているとは。さすがは天才の部類の人間たちだ。僕は少し笑いながら部下に言う。「足止めをしようと思ったが、思ったように進まないものだな……人生とはままならないものだ」そう言って笑う。そして僕は目の前の検体を見る。検査結果は実に興味深いものだった。「この検体から変異レセプタータンパクをどう、取り出すか……」そう呟きながら頭の中で抽出プログラムを組み立てる。多少、手荒な方法だが、時間が無い。どうせ検体だ、後がどうなってもそれは僕の知るところでは無い。「抽出プログラムを開始する。支度をしろ」◇◇◇「支局内は落ち着いたな」遼大がそう言って見回す。ベッドに居る人たちのほとんどが回復し、残すは真壁早妃一人だけだった。それもかなり回復していて、ついさっき、意識を取り戻したところだった。「ここは俺に任せてくれて良い」湊が真壁早妃を診ながらそう言う。私と遼大、そして賀神さんは互いの顔を見合わせて頷き合う。ベイサイド・パイロットプラントへ行かなくてはいけない。こうしている今でも、愛沢くるみに何らかの実験をしているかもしれ
「レプリトール・ヴェノム?」そう聞くと遼大も賀神さんも互いの顔を見合わせて苦笑する。「レプリトールの変異体の一種だよ」遼大がそう言う。「有名なの?」聞くと今度は賀神さんが言う。「私と高嶺の二人で研究した事があったんです。まだ若かりし頃に」(なるほど、だから二人とも知っているのね)私はそう思い、聞く。「それで? レプリトール・ヴェノムの方は、解毒出来そうなの?」そう聞くと二人ともが頷く。「まだ若かった頃は無理だったが、今は出来るよ」遼大がそう言って賀神さんに言う。「じゃあ、始めよう」そう言って遼大は私を見て言う。「ラボの方に行って、解毒の為の薬品を調合して来るよ。燈はここで患者たちを頼む」そう言われて私は頷く。「分かったわ」二人は微笑み合い、そしてEMSOの正面玄関から更に奥のラボへ入って行く。◇◇◇聖カトリーナのバイオハザードの状況が落ち着き、俺はEMSOに向かった燈たちに連絡を取った。EMSOに戻っていた真壁早妃が今回、ばら撒かれた毒に巻き込まれていた事を聞く。「それで真壁さんは?」そう聞くと燈が言う。『今は高濃度の酸素吸入とステロイドの吸入に加えて、真壁さんは喀血があったから止血剤と挿管をしたわ』電話の向こうで燈が冷静にそう言う。そんな燈の声を聞いて苦笑する。(本当に燈はいつも冷静だな)思えば燈はERに居た時も、どんな状況であっても、冷静だった。慌てて手元を狂わせるなんて事は絶対に無かったし、そういう意味では本物のプロフェッショナルなんだろう。天才とはこういう人の事を言うんだろうなと思う。「毒の分析は?」俺はEMSOに向かいながらそう聞く。『構造式を見ただけで、賀神さんも遼大もその毒が何の毒なのか、分かったのよ』燈にそう言われて俺は驚く。「構造式を見ただけで?」そう聞くと燈が電話の向こうで笑う。『えぇ、そうなの。若かりし頃に研究した事があったって』何だか燈の声が明るくて、緊迫した状況であるのに、燈は少しも慌てずにリラックスすらしている。これも賀神さんや高嶺さんとの信頼があるからなんだろう。「俺も今、EMSOに向かってるよ」そう言うと燈がクスッと笑う。『助かるわ。遼大も賀神さんも解毒の為の薬品の調合にラボに行っているから』◇◇◇俺がEMSOに到着した時には、迅速な対応のお陰か、現場と







